第8話  『Hello Kittyのトレーナー』(1983年)

解説の都合上、英文をいくつかの段落に分けます。通して読みたい方は最後に全文と全訳が掲載されていますので、ご参照ください。

 

間違いなくいい人なんだけど・・・・・・あなたの周りにもきっとこういう女性がいると思います。

 

Mary was in the house of a married friend, sitting on the veranda, with a lighted room behind her. She was alone and heard people talking in low voices, and she (  (A)  ) her name. She rose to go inside and declare herself: it was typical of her that her first thought was, how unpleasant it would be for her friends to know she had overheard. Then she sank down again, and waited for a suitable moment to pretend she had just come in from the garden. This was the conversation she listened to.

 

Mary、久しぶりに日本名に変えましょうか?

うーん、音感だけで、真理。Maryはフランス語読みでは「マリ(-)」ですからね、そのままですけど(苦笑)。

真理は一人、既婚の友人宅のベランダに腰かけています。他の友人たちが小声で話をしている部屋には明かりが点いており、真理は偶然立ち聞きすることとなった友人の話の中に、自分の名前が出てくるのを・・・・・・

 

設問(a) 空所(A)を補うのに最も適当な一語を次から選び、それを適当な語形に変化させよ。

(ア)call  (イ)catch  (ウ)mention  (エ)say

 

文脈から「聞き取った」。hearの意味の単語を答えればいいわけです。catchには「その場で聞いてわかる」という意味があります。

“I didn’t caught your name.”「お名前が聞きとれませんでした」というように。

catchのこの用法を知らなくても、他の選択肢の動詞には「聞き取る」というニュアンスは全くありませんので、問題ないでしょう。

(答え)caught

 

“She’s not fifteen any longer: it is ridiculous! Someone should tell her about her clothes.”

“How old is she?”

“Must be well over thirty. She was working long before I began working, and that was a good twelve years ago.”

“Why doesn’t she marry? She must have had plenty of chances.”

There was a dry chuckle. “I don’t think so. My husband was keen (  (B)  ) her himself once, but he thinks she will never marry. She just isn’t like that, isn’t like that at all. (C)Something missing somewhere.”

“(D)Oh, I don’t know. She’d make someone a good wife. She’s a good sort, Mary.”

“She should marry someone years older than herself. You’ll see, she will marry someone old enough to be her father one of these days.”

 

「もう、15のムスメじゃないんだから、誰か真理に服のことを言ってやれば」

真理は30歳を軽く超えています。

wellには時や場所を表わす前置詞や副詞の前に置かれ、強調の働き(「かなり、相当、ずいぶん」)があります。

そんな真理がキティーちゃんがデカデカと描かれた、ピンクのトレーナーを着ているのですから、注意の一つもしたくなるというもの。おまけに、真理はかなりの肥満体。これは私の偏見的想像です。ただ、この文全体から、真理が痩せているイメージが湧きません。後半の身を捩る場面なんか、おデブでないと似合いませんから。

 

設問(b)空所(B)を補うのに最も適当な前置詞を記せ。

 

「なんで結婚しないのかしら。いくらでもチャンスがあったでしょうに」という意見に、乾いた笑いとともに、別の友人が反論します。

「昔、うちのダンナが真理にお熱だったんだけど、彼女は結婚なんかしないってさ」

ということは、真理は若い頃かわいかったんですね、今みたいに太っていなくて。真理の名誉のために、断言しておきましょう。

be keen on ~「~に熱中している」。前置詞は日本人にとってなかなかやっかいで、私もいまだに苦手です。ただ、入試ではイディオムや動詞の語法の一部となっている前置詞を問う問題が全体の6割を占めますので、イディオムを覚えるときに前置詞を強く意識することで克服可能です。

たとえば、forには目的や理由以外に、①賛成、②比較(~の割には)、③交換などいろいろと重要な意味がありますが、このうち、③はfor nothingというイディオムで理解できます。何もないものと交換するのですから、「ただで」と「むだに」。exchange ~ for —「~を—と交換する」、substitute ~ for —「~の代わりに—を使う」で定着させましょう。

(答え)on

 

「彼女って、そんなんじゃないのよ。ぜんぜんそんなんじゃないのよ」

おそらくは嫉妬も混じった友人の反論が続きます。「そんなんじゃない」とは、結婚するようなタイプではないという意味です。

 

設問(c)下線部(C)を、話し手の気持がよく分かるように日本語に訳せ。

 

私もかなりの数の和訳問題を見てきましたが、「話し手の気持がよく分かるように」という注文がついた問題はこれだけです。

文脈から補うと、Something is missing somewhere in her to get married.でしょうか。直訳すると「結婚するには、彼女はどこかに何かが欠けている」。これに、夫が昔好きだった女に対する嫉妬をプラスして・・・・・・

(答え)彼女って、基本的にどこかに何かが抜けててさ、結婚なんてできっこないわよ。

 

これに対して、別の友人が反論します。

 

設問(d)下線部(D)の意味を日本語で表すとすれば次のどれが最も適当か。その記号を記せ。

(ア)とんでもない。

(イ)困ったわねぇ。

(ウ)さあどうかしら。

(エ)そうとは知らなかったわ。

(オ)人は分からないものねぇ。

 

I don’t know.には遠回しな否定で「さあ、どうかな」の意味があります。

She’d make someone a good wife. She’s a good sort.から判断します。このmakeは「IOにとってDOになる」。例文を1つ。

She will make him a good bride.「彼女は彼にとっていいお嫁さんになるだろう」

I don’t knowから直接連想される(エ)や(オ)がダメなのは東大のいつものパターンです。

(答え)(ウ)

 

「彼女はずっと年上の男性と結婚すべきよ。そのうち、父親みたいな年齢の男性と結婚したりして」

真理はネタにされ続けます。

 

There was another chuckle, good-hearted enough, but it sounded cruelly malicious to Mary. She was so naïve, so unconscious of herself in (  (E)  ) to other people, that it had never entered her head that people could discuss her behind her back. And the things they had said! She sat there writhing, twisting her hands. Then she composed herself and went back into the room to join her treacherous friends, who greeted her as cordially as if they had not just that moment driven knives into her heart and thrown her quite (  (F)  ) balance ; (G)she could not recognize herself in the picture they had made of her.

 

それほど悪意があるわけでもなく、聞き流してすませることもできそうですが、真理にはひどく悪意に満ちたものに聞こえます。というのも、真理は年の割には世間知らずで、他人の目に自分がどう映っているか気づいていなかったからです。

 

設問(e)名詞形にして空所(E)を補うのに最も適当な一語を次から選び、その名詞形を記せ。

(ア)connect  (イ)differ  (ウ)oppose  (エ)relate

 

文脈から「他人との関係において自分自身を意識する」。in[with] relation to ~で「~に関して、~に関係して」。connectの名詞形connectionにも「関係」という意味がありますが、「~に関連して」はin connection with ~。イディオムの一部の前置詞がポイントとなっています。

(答え)relation

 

ひとしきりショックを受けてから、真理は冷静さを取り戻し、裏切り者の友人たちに加わります。友人たちはまるで何もなかったかのように真理を心から歓迎します。たった今真理の心臓にナイフを突き立て、真理を「~した」ばかりなのに。

 

設問(f)空所(F)を補うのに最も適当な前置詞を記せ。

 

文脈から「真理を全く不安な状態にした」。

「バランスを失って」の意味にするには、どのような前置詞を補えばいいでしょうか?ある状態なのは、in orderやon strikeのように、inやon。一方、ある状態でないのは、out of dateやoff dutyのように、out ofやoffが使われます。今回のテーマは『前置詞はイディオムから』です。

off balanceで「不安な状態になって」。

(答え)off

 

設問(g)下線部(G)の内容を表わすものとして次のどれが最も適当か。その記号を記せ。

(ア)She did not know what to do after hearing what they had said.

(イ)She did not in the least believe what they had said.

(ウ)She was astonished to find herself the subject of their gossip.

(エ)She was not able to imagine that they knew so many things about her.

(オ)She found that they saw her as she had not seen herself.

 

まず、the pictureとtheyの間に関係代名詞が省略されていることに注意しましょう。They had made the picture of her.のthe pictureが関係代名詞に変わり、省略されています。ですから、made of herで意味を考えてはいけません。関係代名詞(とくに省略されたもの)に続く文は(代)名詞が消えているため、本来つながっていない語が続くのです(ここでは、madeとof her)。これが関係代名詞の最大の罠です。下線部(G)を直訳すると、「彼女は彼らが彼女について描いた像の中の彼女を認識できなかった」。recognize+人は「人が誰だかわかる」の意味ですから、少し意訳すれば「彼女は彼らが描いた彼女が自分だとは思えなかった」。要するに、友人が描く真理のイメージと真理が描く自分のイメージが食い違っているのです。

(ア) 彼らが言ったことを聞いた後で、彼女はどうしてよいかわからなかった。

(イ)彼女は彼らが言ったことを全く信じなかった。

(ウ)彼女は自分が彼らのうわさ話のネタになっているのに驚いた。

(エ)彼女は彼らが彼女についてそれほど多くのことを知っているとは想像できなかった。

(オ)彼女は彼女自身が見たことがないような見方で、彼らが彼女を見ていることに気づいた。

(答え)(オ)

 

設問(h)Maryの性格として最も適当なものを次のどれか。その記号を記せ。

(ア)いつも地味な服装、態度で、目立たないようにしている。

(イ)他人も自分に好意をもっていると信じこんでいる。

(ウ)他人の気持がわからず、何事も自分だけで決めてしまう。

(エ)疑い深くて、他人の話を立ち聞きする癖がある。

(オ)結婚せずに独身のままでいる自分に自信を持っている。

 

(ア)地味な服装ではありませんし、目立つとか目立たないとかいうより、そもそも他人の目を意識していません。

(ウ)自分では他人の気持がわかっていると勘違いしているかもしれません。また、なんでも自分で決めるとは書いてありません。

(エ)他人を疑うことはありませんし、今回たまたま立ち聞きすることになりましたが、そういう癖があるわけでありません。

(オ)確かに独身ですが、そんな自分に自信があるとは書いてありません。

 

真理は世の中に悪い人はいない、みんないい人だと思っています。だから、友人の話を聞いて、かげで悪口を言われたと思い、ショックを受けたわけです。

(答え)(イ)

 

<全文>

Mary was in the house of a married friend, sitting on the veranda, with a lighted room behind her. She was alone and heard people talking in low voices, and she (  (A)  ) her name. She rose to go inside and declare herself: it was typical of her that her first thought was, how unpleasant it would be for her friends to know she had overheard. Then she sank down again, and waited for a suitable moment to pretend she had just come in from the garden. This was the conversation she listened to.

“She’s not fifteen any longer: it is ridiculous! Someone should tell her about her clothes.”

“How old is she?”

“Must be well over thirty. She was working long before I began working, and that was a good twelve years ago.”

“Why doesn’t she marry? She must have had plenty of chances.”

There was a dry chuckle. “I don’t think so. My husband was keen (  (B)  ) her himself once, but he thinks she will never marry. She just isn’t like that, isn’t like that at all. (C)Something missing somewhere.”

“(D)Oh, I don’t know. She’d make someone a good wife. She’s a good sort, Mary.”

“She should marry someone years older than herself. You’ll see, she will marry someone old enough to be her father one of these days.”

There was another chuckle, good-hearted enough, but it sounded cruelly malicious to Mary. She was so naïve, so unconscious of herself in (  (E)  ) to other people, that it had never entered her head that people could discuss her behind her back. And the things they had said! She sat there writhing, twisting her hands. Then she composed herself and went back into the room to join her treacherous friends, who greeted her as cordially as if they had not just that moment driven knives into her heart and thrown her quite (  (F)  ) balance ; (G)she could not recognize herself in the picture they had made of her.

 

<全訳>

メアリーは既婚の友人の家にいた。灯りの点いた部屋を背中にして、ベランダに腰かけていた。独りで、人々が小声で話をしているのを聞いていると、自分の名前が聞こえてきた。中に入り、ここにいると知らせようと立ち上がった。が、彼女には典型的なことに、最初に思い浮かんだ考えは、彼女が立ち聞きしていたと知ったら、友人たちがどんなに不愉快かというものであった。それから、彼女は再び腰を下ろし、庭からふらりと入ってきたふりができる適当な瞬間を待った。彼女が聞いたのは、次のような会話だった。

「彼女もう15歳じゃないんだから。馬鹿げているわ。誰か服のことを言ってあげなきゃ」

「彼女、いくつ?」

「優に30は超えているに違いないわ。私が働き始めるずっと前に、働いていたんだから。それは20年以上も前のことよ」

「なぜ結婚しないのかな。いくらでも機会はあったでしょうに」

乾いた笑い声が起こった。「そうは思わないわ。うちの主人が昔彼女にお熱だったんだけど、主人は彼女は絶対に結婚しないと思っているの。彼女はね、結婚するとか、そういうタイプじゃ全然ないのよ。結婚するには、何かがどこかに欠けているのよ」

「えっ、わからないわよ。誰かのいい奥さんになるんじゃないの。いい人だもの、メアリー」

「年上と結婚すべきよね。見ててごらん、近いうちに父親ぐらいの年の人と結婚するから」

また、クスクスと笑い声が起こった。好意的なものではあったが、メアリーには残酷なほど悪意があるものに聞こえた。彼女はとても世間知らずで、他人との関係で自分のことがあまりにもわかっていなかったために、人々が陰に隠れて彼女の話ができると思いついたことは一度もなかった。それに、あんなひどいことを。彼女は座ったまま、身悶えをし、両手を揉んだ。それから、気を静め、部屋に戻り、裏切り者の友人たちに加わった。友人たちはたった今彼女の心臓にナイフを突き刺し、彼女を全く不安な状態にさせたことがまるで嘘のように、彼女に心からの挨拶をした。彼女は友人たちが彼女に関して描いた像が自分だとは思えなかった。